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横浜地方裁判所 昭和43年(ワ)221号 判決 1977年11月30日

原告 鈴木徳松 外三名

被告 津久井郡農業協同組合

主文

1  原告らの主位的請求をいずれも棄却する。

2  被告は、原告鈴木徳松に対し金一三三万三三三三円、原告安田敦に対し金二〇〇万円及び右各金員に対する昭和四二年八月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告宮坂順四郎に対し金八六万六六六七円、原告磯前輝男に対し金二四六万六六六七円及び右各金員に対する同月三一日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

3  原告らの予備的請求中その余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

5  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら(請求の趣旨)

1  主位的請求

(一) 被告は、原告鈴木に対し金二〇二万〇五〇〇円、原告安田に対し金三〇三万〇七五〇円及び右各金員に対する昭和四二年一一月二六日から支払済まで年六分の割合による金員を、原告宮坂に対し金一三一万三三二五円、原告磯前に対し金三七三万七九二五円及び右各金員に対する同年一二月一日から支払済まで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

旨の判決並びに仮執行の宣言。

2  予備的請求

(一) 被告は、原告鈴木に対し金二〇〇万円、原告安田に対し金三〇〇万円及び右各金員に対する昭和四二年八月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告宮坂に対し金一三〇万円、原告磯前に対し金三七〇万円及び右各金員に対する同月三一日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

旨の判決並びに仮執行の宣言。

二  被告(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告ら(請求原因)

1  主位的請求

(一) 原告ら四名は、被告相模湖支所(以下「本件支所」という。)次長訴外武内敬喜との間で、左記のとおり額面金額と同額の現金をもつて、被告に対する無記名定期貯金の預入(以下「本件各貯金(契約)」という。)をなした。

(1)  原告鈴木

契約日昭和四二年八月二五日・額面二〇〇万円・期間三か月(支払期日同年一一月二五日)・利息年四分一厘・使用印鑑「柳沢」

(2)  原告安田(原告鈴木を代理人として契約)

額面三〇〇万円・使用印鑑「安田」・契約日、期間、利息は(1) と同じ

(3)  原告宮坂(訴外林田茂を代理人として契約)

契約日同年八月三〇日・額面一三〇万円・期間三か月(支払期日同年一一月三〇日)・使用印鑑「山田」・利息は(1) と同じ

(4)  原告磯前(訴外林田茂を代理人として契約)

(イ) 額面二九〇万円・使用印鑑「松浦」・契約日、期間、利息は(3) と同じ

(ロ) 額面八〇万円・使用印鑑「小山」・契約日、期間、利息は(3) と同じ

(二) よつて、原告らは、被告に対し、本件各貯金の元金及びこれに対する約定の三か月間の年四分一厘の割合による利息並びに右元利金に対する支払期日の翌日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金として、主位的請求の趣旨記載の各金員の支払を求める。

2  仮に、右請求は理由がないとしても、

(一) 武内は、本件支所次長として、被告の貯金受入等の職務に従事していたところ、被告発行名義の定期貯金証書を偽造して定期貯金受入名下に原告らから前記1(一)記載のとおり金員の交付を受けてこれを騙取した。よつて、原告らは、武内の右行為により本件各貯金額相当の損害を被つた。

武内が原告らから本件各貯金を受け入れ定期貯金証書を発行した行為は、外観上被告の事業の執行につきなしたものであるから、武内の使用者である被告は、民法七一五条一項により、原告らの被つた前記損害を賠償する義務がある。

(二) よつて、原告らは、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償金及びこれに対する不法行為の日の翌日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金として、予備的請求の趣旨記載の各金員の支払を求める。

二  被告(請求原因に対する認否)

1  請求原因1(一)の事実のうち、武内が本件支所の次長であつたことは認めるが、その余は否認する。

仮に、武内が原告ら主張のとおり貯金名下に金員を受領したとしても、契約は申込と承諾の二箇の意思表示が完全に合致することによつて成立するものであり、意思表示の表示行為が外形的に合致したとしても、一方の効果意思が存在しない場合には契約が成立しないものであるところ、後記抗弁1(一)の事実に、武内が背任罪あるいは業務上横領罪ではなく詐欺罪で起訴されたことを併せ考えると、武内には原告らと貯金契約を締結する効果意思が全くなかつたことが明らかであるから、原告らと被告との間には貯金契約は成立しない。

また、無記名定期貯金契約においては、貯金を委託され現実に金銭と印鑑とを持参提出した者が、「これは自分の貯金ではない(別人の代理人あるいは使者としてきた。)。」旨を明示しない限り、右預入行為者が貯金者である。蓋し、契約は、当事者双方の申込と承諾が合致することによつてその当事者間に成立するものであるところ、無記名定期貯金も契約から生ずる一種の指名債権である以上、右特別の事情がある場合を除き、貯金契約は預入行為者との間に成立したものと考えざるを得ないからである。従つて、次の事実からして、原告鈴木及び林田は本件各貯金の貯金者であるかも知れないが、原告安田、同宮坂及び同磯前はその貯金者ではない。即ち、<ア>原告安田、同宮坂及び同磯前は、本件支所に赴いたことがなく、その貯金契約の証拠として提出された定期貯金証書の作成にも何ら関与していない。<イ>同原告らの代理人であると原告らが主張する原告鈴木や林田は、武内に対して自分や原告安田、同宮坂及び同磯前の住所、本名を告げず、また、自分が同原告らの代理人として貯金契約を締結することを一切告げていない(代理行為の顕名なし)。<ウ>従つて、武内としては、原告らが原告安田、同宮坂及び同磯前の貯金であると主張する金員が同原告らのものと知る筈もなく、武内は原告鈴木及び林田が貯金者であると信じていた。

2  同2(一)の事実は否認する。金融機関の役職員が架空虚偽の貯金証書を発行することは、金融機関の事業の執行の範囲外の行為である。

また、被用者のなした取引行為がその行為の外形からみて、使用者の事業の範囲内に属するものと認められる場合においても、その行為が被用者の職務権限内において適法に行なわれたものでなく、かつ、その取引の相手方が右事情を知りながら、又は重大な過失により右事情を知らないで当該取引をしたと認められるときは、その行為に基づく損害について、その取引の相手方である被害者は、使用者に対してその賠償を請求することができないところ、抗弁1(一)の事実からして、原告ら及び林田は、武内が本件各貯金契約を締結した行為が同人の職務権限内において適法になされたものでないことを知つていたか、又は重大な過失によりこれを知らなかつたものと言い得るから、武内の使用者である被告に対しその損害賠償を求めることはできない。

三  被告(抗弁)

1  主位的請求について

(一) 仮に、原告らと被告との間に本件各貯金契約が成立したとしても、代理人が自己又は第三者の利益を図るため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の右意図を知り、又は知りうべきであつた場合、民法九三条但書が類推適用されて、本人はその行為について責に任じないものであるところ、次の事実からして、武内は、訴外田中亀松こと外島澄(以下「外島」という。)及び訴外柿沢実と共謀の上、その利益を図るため、本件支所次長の権限を濫用して原告らと本件各貯金契約を締結したものであり、原告ら及び林田は、武内の右権限濫用の意図を知り又は知りうべきであつたから、被告は、原告らに対し本件各貯金契約について貯金返還の責任を負わない。

(1)  本件支所について

本件支所は、神奈川県下の片田舎にあり、一階に事務室を、二階に応接室と会議室を有し、貯金、購売、経済等の事業を行なつていた。

本件支所における貯金契約の取扱は次のとおりであつた。即ち、一階事務室窓口のカウンターには、三名の金融係職員が、その奥に金融主任がそれぞれ座つており、貯金者は、窓口のカウンターで右三名のうちいずれかにその旨を申し出る。申出を受けた金融係職員は、現金を受け取つて計算し、仕訳票と題する伝票に金額、貯金の種類、貯金者名等を記入した後、自己の印鑑を押捺し、かつ、貯金元帳と題する伝票及び貯金通帳(証書)に所要事項を記入して作成し、後者の記入金額の額(左端)に自己の印鑑を押捺した上、現金、仕訳票、貯金元帳及び貯金通帳(証書)を金融主任に回す。金融主任は、金額その他を点検した上で貯金通帳(証書)の収入印紙に自己の印鑑で割印し、現金は金庫に収納し、仕訳票及び貯金元帳は手許に置き、貯金通帳(証書)は窓口の金融係職員に返す。金融係職員は、これを貯金者に手交する。毎日の貯金の出入は、金融主任によつて毎日日計集計表に記載、集計され、現金と照合される。

ところで、前記応接室は、銀行の応接室とは全く趣きを異にし、机と椅子が置いてあるだけのガランとした空部屋であつて、貯金勧誘のパンフレツト、事務用品等は何一つ置いてなく、日常業務に使用されることがなかつた。また、次長の武内は、常時一階事務室に席を据え、本件支所の前記事業の全体を監督していたが、右に述べた各書類の作成や現金の取扱に自ら手を下して関与することは全くなかつた。

(2)  本件支所を舞台とした本件を含む詐欺事件(以下「本件一連の詐欺事件」という。)の概要について

(イ) 武内は、無担保では一件一〇万円までの貸付権限しか与えられていなかつたにも拘らず、東京都大田区上池上四八番地訴外日之出アルミサツシ工業株式会社の取締役会長で同社の実質的経営者であつた外島及び同社の専務取締役であつた柿沢から、近日中に数億円の貯金をするが、それまでの間被告の金を融通してもらいたい、右会社の経理担当重役として迎えたい等の甘言をもつて誘われ、かつ、金員の贈与、酒食のきよう応を受けて、昭和四一年六月頃から外島(被告の組合員であつた柿沢名義)に対して自己の権限をこえた貸付を行ない、昭和四二年一月末でその合計金額は約二億円に達した。

(ロ) 同年二月一三日に実施された神奈川県の検査により右不正貸付が発覚し、武内は被告組合長鈴木重彦からその回収を厳命された。その頃、その対策に苦慮した外島及び柿沢は、武内に対して、「自分達が、金融ブローカーを通じて、高率の裏金利を餌に、八王子市商店街に貸し付けるための特別貯金等という名目で金融業者を勧誘し、金員を武内のところへ持参させる。武内は、被告の貯金として預つたように見せかけて金員を受け取り、引換に、武内が予め盗んでおいた貯金通帳(証書)を渡しておけ。そのうち、外島が他の銀行から五億円の融資を受けるので、そのとき一挙に払い戻した格好をとればよい。」と持ちかけ、武内は、やむなくこれを承諾した。ここにおいて、右三名の間に、本件支所の建物と盗取した貯金通帳(証書)とを利用して、被告の貯金を装い多数人から金員を騙取することを内容とする詐欺の共謀が成立した。

そこで、外島は、金融ブローカー(導入屋)を使い、主として金融業者に対し、「本件支所では次長の武内が八王子市商店街の協力貯金を募集している。これに応じた場合には、貯金期間の長短に拘らず、一回の貯金毎に貯金額の一割五分程度を裏金利として支払うから、本件支所に貯金してもらいたい。」と本件支所への導入貯金を勧誘した。これに応ずる貯金者が見つかると、外島は、予め武内に対し、いつ、いくらの金を持つて行くから、裏金利としていくら支払えと指示し、その後、外島の配下であつた訴外松本光夫又は金融ブローカーが貯金者を案内して本件支所に同行した。武内は、被告組合員の顔を全部知つているから、予め連絡された日時に組合員でない人物が一階の事務室に足を入れると、直ちに二階の応接室に案内し、同所で貯金者から現金を受領し、引換に貯金者に自ら作成した貯金通帳(証書)を交付した。このようにして武内が受け取つた金員は、本件支所(被告)の貯金として入金されないまま同人が保管し、従つて、日計集計表及び正規の台帳に右入金は一切記入されていない。そして、支払期日が到来すると、外島が同様の手口で別の貯金者を見つけ、武内のところへ金員を持参させその金で前の貯金者に元利金を支払い、正規の弁済を装つた。この間、こうして集めた金の一部は外島が費消したが、一方裏金利の支払が次々とふくれ上り、ついに、昭和四二年一〇月頃には被害者数十名、騙取金額は四億円を超えるに至つた。

本件一連の詐欺事件の主犯である外島は、当時前科七犯であり、同様の金融犯罪で大阪地方裁判所において懲役七年六月の刑の言渡を受けながら、逃亡中のものであつた。一方、貯金者は、すべて東京、大阪又はその近隣都市の在住者であり、殆んどが架空名義を使用していた。

(3)  原告らと本件各貯金名下の詐欺について

(イ) 原告鈴木は、経理士の資格を有している。原告安田は、その親しい知人である。原告宮坂は、昭和四一年八月東京都中央区に訴外中公実業株式会社を設立してその代表取締役となり、現在に至つているが、同社は、「金銭の貸付」をその事業目的の一つとしている。原告磯前は、慶応義塾大学を卒業して直ちに訴外不動貯蓄銀行に入り、同行が戦後合併により訴外協和銀行となつた後も引き続いて勤務し、昭和二四年同行弘明寺支店長、昭和二六年本店厚生課長、昭和二八年人事部次長の要職を歴任し、停年退職したが、昭和三七年東京都新宿区の訴外片貝印刷興業株式会社に入り、役員の地位にある。

(ロ) 武内が、昭和四二年八月二五日原告鈴木から被告の貯金名下に現金五〇〇万円を騙取した前後の事情は、次のとおりである。

外島は、同月初め頃金融ブローカーの訴外田辺憲夫に対し、「自分の知つている建設会社が、相模湖付近で中央自動車道路の工事を請負つているが、被告から融資を受けるため、本件支所に協力貯金として一〇〇〇万円の定期貯金をしたいと言つている。裏金利として、三か月の定期貯金に対し貯金額の一割六分の金を事前に支払うから、現金を同支所に持参して貯金するという条件で、金主を探してもらいたい。」旨依頼した。田辺は、右趣旨を金融ブローカーの訴外河津道邦に伝えて同様の依頼をし、同人を介して金融ブローカーの訴外松浦宏次を知つた。同人は、原告鈴木にこの話をして貯金を勧誘したところ、同原告は、これに応じて、同月二五日に本件支所に金額五〇〇万円、三か月の定期貯金をする旨松浦に返答した。右結果は、田辺及び松浦から外島に伝えられた。そこで、同人は、同月二三日頃原告鈴木に渡す裏金利として八〇万円を、松本を介し日之出アルミサツシ工業株式会社において田辺に手交し、同人を通じてこれを原告鈴木に支払つた。本件は、田辺、河津、松浦等の金融ブローカーが中間に介在したため、右裏金利の全額が原告鈴木の手に入つていないとしても、同原告は、貯金の出捐者であるから、そのうちの相当額が渡つているものと推定される。そして、右裏金利の出所は、本件一連の詐欺事件により騙取した金員の一部である。

同月二五日原告鈴木と松浦は、現金五〇〇万円を携えて本件支所へ赴き、武内を訪ねた。武内は、前もつて外島からその旨の連絡を受けていたので、右両名を直ちに二階応接室に案内し、同所で、原告鈴木から現金五〇〇万円を受領するのと引換に、額面金額二〇〇万円と同三〇〇万円の無記名定期貯金証書二通(丙第一、第二号証)を同原告に交付した。それから、武内は、右五〇〇万円を自分の専用ロツカーに隠し、後日これを外島に渡した。

ところで、丙第一、第二号証の用紙は、被告の正規のものであるが、かねて武内が盗んでおいたものであつた。また、同号証には武内の印鑑のみが押捺されていて、担当者の金融係職員及び金融主任の印鑑が全然押捺されていないし、右五〇〇万円について、本件支所の日計集計表その他正規の書類には何ら記入されておらず、かつ、貯金台帳も作成されていない。

(ハ) 武内が、昭和四二年八月三〇日林田から被告の貯金名下に現金五〇〇万円を騙取した前後の事情は、次のとおりである。

田辺は、外島から依頼された前記一〇〇〇万円のうちの残り五〇〇万円の貯金者を探さねばならなかつた。そこで、田辺は、前記趣旨を金融ブローカーの訴外甘利英雄に伝えて依頼をなし、同人を介して、再び松浦に話が持ち込まれた。同人は、原告宮坂にこの話をして貯金を勧誘したところ、同原告は、これに応じ、昭和四二年八月三〇日本件支所に金額五〇〇万円、三か月の定期貯金をする旨松浦に返答した。右結果は、田辺及び松浦から外島に伝えられた。そこで、同人は、同月二七-八日頃原告宮坂に渡す裏金利として八〇万円を、松本を介して日之出アルミサツシ工業株式会社において田辺に手交し、同人を通じてこれを原告宮坂に支払つた。仮に、右裏金利の全額が同原告に渡つていないとしても、そのうちの相当額が渡つているものと推定される。この裏金利の出所も、前記(ロ)と同じである。

同月三〇日林田は、現金五〇〇万円を持参して本件支所に武内を訪れ、同人に右金員を示し、額面金額一三〇万円、同二九〇万円、同八〇万円、期間はいずれも三か月の三口の無記名定期貯金にしてもらいたい旨申し込み、武内は、林田から右金員を受領するのと引換に、申込どおりの定期貯金証書三通(丙第三ないし第五号証)を林田に手交した。

右五〇〇万円の処理及び右三通の証書に関する被告の主張は、前記(ロ)と同一である。

(4)  結論

(イ) 以上の事実からして、武内が、外島及び柿沢と共謀の上、同人らの利益を図るため、その権限を濫用して原告らと本件各貯金契約を締結したことは明らかである。

(ロ) また、原告ら及び林田は、本件各貯金契約に当り武内の右背信的意図を知つていたか又は知りうべきであつた。なぜならば、

金融機関が貯金者に対し正規の利息のほかに裏金利を支払わないことは、公知の事実であると共に取引上の常識でもあり、また、導入貯金は、預金等に係る不当契約に関する法律により、金融機関の役職員、斡旋者(導入屋)、貯金者について罰則が規定されている。しかるに、本件各貯金は、多数の金融ブローカーが介在し、その預入手続前に三か月で貯金額の一割六分(年利六割四分)という法外な裏金利が支払われたのであるが、このようなことは到底常識では考えられず、そこに何らかの不正が行なわれているということを、原告ら及び林田は容易に察知することができた筈である。

また、農業協同組合(以下「農協」という。)は、「組合員の貯金又は定期積金の受入」を行なう(農業協同組合法一〇条一項二号)もので、一般銀行が不特定多数の顧客から預金の受入をする(銀行法一条一項一号)のとは著しく趣を異にしている。つまり、農民の互助組織である農協は、銀行のように貸付による利益を第一次的目的とし、貸付資金を集めるため激しい預金獲得競争をする必要は全く存しないのである。従つて、農協が高額の裏金利を餌に金融ブローカーを使つて東京都内でまで(本件関係者はいずれも東京在住者である。)貯金者を探す必要が皆無であることは、何人にも容易に理解されるところである。ところで、原告らは、被告の組合員でもないのに、被告の支所の一つで神奈川県下の片田舎にある本件支所に、しかも、次長の武内を名指して五〇〇万円もの現金を貯金したのであるから、右貯金が正規のものでないことは、社会通念に照らして容易に理解できるところである。

更に、本件各貯金の預入手続とりわけ右手続の場所、定期貯金証書の形式等が正規の場合と異なつていたことは、前記のとおりであるところ、原告らは、いずれも金融について深い知識経験を有し、不正貯金の存在及びその態様・手口に通暁していた者であるから、容易に武内及び外島らの前記意図を判断することができ、また、通帳(証書)の交付さえ受けておけば、担当職員の不正行為が発覚しても、金融機関が、信用を重んずる余り、世間体をはばかつて貯金の払戻に応ずる結果、金銭のとりはぐれがないことを充分承知していたものである。

(二) 仮に(一)の主張が認められないとしても、次のとおり相殺を主張する。

(1)  前記(一)(3) のとおり、本件各貯金につき、武内から金融ブローカーの手を通じて、原告鈴木は昭和四二年八月二三日頃、同宮坂は同月二七-八日頃裏金利として各八〇万円の交付を受けたのであるが、右各金員は、武内が本件各貯金と同様の手口で被告の貯金名下に第三者から騙取した金員の一部であるところ、仮に、本件各貯金につき原告鈴木・同宮坂と被告間に貯金契約が有効に成立しているとするならば、右第三者と被告間についても同様貯金契約が成立していることとなるから、同原告らが受領した前記裏金利は、被告が所有する金員のうちから支払われたものである。

よつて、原告鈴木及び同宮坂は、法律上の原因がないことを知りながら、右裏金利相当額の利得をなし、被告は、同額の損害を被つたものであるから、同原告らに対し、右不当利得金の返還及びこれに対する裏金利支払の日の翌日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を請求する権利を有している。

(2)  被告は、昭和四三年六月一九日の本件口頭弁論期日において、前記債権をもつて原告鈴木及び同宮坂の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(三) 仮に、原告らが本件各貯金の権利者と認められたとしても、次のような事情がある本件各貯金については、被告は、民法四七〇条、四七一条により、貯金払戻請求者が果たして真正な権利者であるかどうかを確める権利があるから、その支払が遅延しても履行遅滞の責任を負わない。即ち、本件各貯金の預入に当り原告鈴木及び林田が何人の貯金であるかを明示しなかつたことは前記のとおりであり、また、被告の「貯金取扱要領」ないし「定期貯金約定」六項によつて、貯金証書は被告の承諾がなければ譲渡、質入等一切の処分をすることができないこととなつているところ、原告鈴木、同宮坂及び同磯前の所持する貯金証書の名義人は同原告らの氏名と異なつているし、更に、貯金証書と対照して真正な権利者を確認するための唯一の手段である印影、貯金台帳等が被告の手もとに存在していないのであるから、被告としては、果たして貯金契約が存在するのかどうか、存在するとすれば何人が貯金者であるのか等について確認することが全くできない。

2  予備的請求について

(一) 被告は、武内の選任監督につき相当の注意をなしていたのであるから、損害賠償の責任を負わない。

(1)  武内の経歴・性質等

武内は、昭和一一年三月高等小学校を卒業して民間会社に就職したが、昭和一五年一一月陸軍工科学校に入学し、終戦まで陸軍下士官として勤務し、終戦当時の階級は曹長であつた。復員後農業に従事した後、昭和二七年九月牧野農業協同組合に入つたが、同組合は、他の農業協同組合と合併して、現在の被告となつた。被告に移つてからは、昭和三四年七月金融部勤務となり、昭和三六年六月金融部次長、昭和三七年一二月経済部長を経て、昭和三九年一〇月本件支所次長となつた。そして、昭和四二年一〇月四日(本件一連の詐欺事件を被告組合長に自白した日の翌日)、懲戒解雇処分に付せられた。右期間を通じ、武内の勤務成績は極めて優秀であつて、一度も間違いを起こしたことはなかつた。性格は実直真面目で、仕事には熱心であつた。これが、栄進を重ねた理由であつたが反面、外島につけ込まれ、ずるずると農協史上空前の大犯罪を重ねる原因ともなつたのである。

(2)  県の検査後被告のとつた措置

昭和四二年二月に行なわれた県の検査により、本件支所の外島(柿沢名義)に対する約二億円の無担保貸付(不正貸付)が指摘された。当時の本所金融部長訴外小室平八郎は、同月二四日頃武内及び外島の出頭を求め、直ちに全額を弁済するよう強く催告した。これに対し、外島は、東京、千葉に所有土地があるから売却して返済すると述べ、これを裏付けるように同月末までに約一億円を返済し、同年三月二日二〇〇〇万円、同月八日五〇〇〇万円を本所に持参して支払つた。そのとき、外島は、現金のほか、都内の銀行支店発行の小切手を持参したので、小室としては、全額弁済されたものと信じていた。

(3)  被告の武内に対する指導監督

被告においては、昭和四一年頃は(今も同様)毎月一回全支所の次長を集めて、次長会議を開催していた。そのたびごとに、鈴木組合長が農協は農民の相互扶助組織であり、最大の奉仕をすることをもつてその任務とするものであること、物品金銭の取扱については細心の注意を払い、いやしくも組合員から非難疑惑を受けるような行為をしてはならない旨を常に訓示していた。

被告支所の業務の監督については、「津久井郡農業協同組合監督細則」六条に、毎半期一回は定期監査を行なうほか必要と認めるときは随時監査を行なう旨定められている。この規定に基づいて、定期監査は厳格に実施されると共に、随時監査も行なわれていた。本件犯行の前についていうならば、昭和四二年三月本件支所の定期監査を実施した。この監査は、すでに県の監査において外島に対する不正貸付が指摘された後に行なわれたものであつたが、監査の時点では約二億円のうち約三〇〇〇万円を残して弁済しており、この残額についても担保が供されていた。次の監査は同年九月に行なわれたが、このときはその残額も弁済されていた。

(4)  武内、外島及び柿沢は、共謀の上、報告に対する貯金名下に騙取した金員をもつて外島の前記借入金を返済し、右完済後は貯金払戻等のため同種犯行を繰返して本件一連の詐欺事件を犯したものであるが、鈴木組合長、専務理事訴外宮崎堂、小室金融部長らの幹部は、外島の指示の下に行なわれた武内の犯行の手口が余りにも知能的かつ細心であつたため、前記内部監査によつても右犯行を発見できなかつたのである。

尤も、本件支所に置かれてある定期貯金証書の現物・番号を丹念に調査すれば犯行が発見できた筈である。しかし、当時神奈川県下のすべての農協においてそこまで詳細な監査は行なわれていなかつた。

(二) 仮に(一)の主張が認められないとしても、次のとおり損益相殺を主張する。

不法行為に基づく損害賠償請求において被害者が損害と共に利益を得た場合には、損害から利益を控除したものが賠償されるべき額であり、しかも、被害者の得た利益は、加害者が出捐したものに限られず利益の出所を問わないところ、前記1(一)(3) のとおり、原告鈴木及び同宮坂は、本件各貯金についてたとえ被告からといえなくとも裏金利として各八〇万円を受領し利益を得ているのであるから、その利益は、同原告らの被つた損害額から控除されるべきである。

(三) 更に、次のとおり過失相殺を主張する。

原告ら主張の損害の発生について、原告ら及び林田に前記1(一)のとおり重大な過失があつたのであるから、原告らの損害額の算定に当り右過失も斟酌されるべきである。

四  原告ら(抗弁に対する認否)

1(一)  抗弁1(一)の事実のうち、冒頭及び(4) の各事実は否認し、(2) の事実は不知。

同(1) の事実のうち、当時武内が本件支所の事業全体を監督していたことを認め、その余は不知。

同(3) (イ)の事実のうち、原告磯前が片貝印刷興業株式会社に入社した年及びその地位を否認する。また中公実業株式会社(代表取締役は原告宮坂)は、その定款に目的として金銭の貸付も記載されているが、設立以来未だそのような事業はしたことがない。

同(3) (ロ)の事実のうち、昭和四二年八月二五日原告鈴木が、現金五〇〇万円を持参し松浦と同道して本件支所へ赴き、武内に二口の定期貯金の預入をなし額面金額二〇〇万円と同三〇〇万円、期間はいずれも三か月の無記名定期貯金証書二通(丙第一、第二号)の交付を受けたことは認めるが、その余を否認する。松浦は、外島とは勿論田辺とも全く面識がなく、また、事前に何人からも外島や松本を介して裏金利をもらえるということを知らされたこともない。原告鈴木は、松浦以外の被告主張の何人とも面識がなく、また、何人からも裏金利を受け取つたことがない。原告鈴木は、松浦の依頼により五〇〇万円の現金を調達し(うち、三〇〇万円は、原告安田から預入を委託されたものである。)、松浦と同道して本件支所へ赴いた。同支所において、原告鈴木及び松浦は、一階事務室の武内の隣席に招じ入れられ、その場で、原告鈴木は、武内に一万円札の一〇〇万円束五個を差し出した。直ちに、武内の命により女子職員が全員の面前で右札を数えた。その際、原告鈴木は、武内に対し、「柳沢」という届出印で二〇〇万円、「安田」という届出印で三〇〇万円の各無記名定期貯金とするよう依頼した。武内が、今度は男子職員に証書の作成を命じたところ、その男子職員は、額面金額二〇〇万円と同三〇〇万円の無記名定期貯金証書を作成すると共に台帳に必要事項を記入した後、これらを持参し、原告鈴木に右台帳に前記届出印の押捺を求め、更に、自ら右証書と台帳に調印をなした上、原告鈴木に右証書を交付した。このように、原告鈴木の預入手続は、本件支所の営業時間内に営業場所において被告が主張する正規の事務手続に従つてなされたものである。また、前記証書に正規の用紙が使われており、かつ、被告の印影が被告の真正な印章によつて顕出されたものであることは、被告の自認するところである。

同(3) (ハ)の事実のうち、昭和四二年八月三〇日林田が、現金五〇〇万円を持参して本件支所に赴き、武内に三口の定期貯金の預入をなし、額面金額一三〇万円、同二九〇万円、同八〇万円、期間はいずれも三か月の無記名定期貯金証書三通(丙第三ないし第五号証)の交付を受けたことを認めるが、その余は否認する。原告宮坂は、外島及び田辺とは一面識もないし、何人からも裏金利を受け取つたことがない。原告宮坂は、松浦から五〇〇万円を貯金するよう勧誘を受けたが、当時手許に余裕がなかつたことから、一三〇万円だけ貯金することにした。そこで、松浦は、不足分を知人の原告磯前に依頼し、同原告が三七〇万円を貯金することとなつた。原告宮坂は、昭和四二年八月二九日中公実業株式会社の社員の林田に現金一三〇万円と「山田」と刻した印鑑を渡し、翌三〇日松浦と同道して本件支所に貯金に行くよう依頼した。一方、原告磯前は、松浦に現金三七〇万円を渡し、「松浦」という届出印で二九〇万円、「小山」という届出印で八〇万円の二口の無記名定期貯金をするよう依頼した。松浦は、林田と同行する予定であつたが、急用ができたため同行することができなくなり、同日原告磯前から依頼されたことを林田に依頼し、「松浦」と「小山」の認印二個と現金三七〇万円を手交し、本件支所へは松浦に斡旋を依頼した甘利が林田と同行した。林田は、同支所に至り窓口の貯金係職員に五〇〇万円の無記名定期貯金にきた旨告げた(殊更に武内を指名して貯金の申込をなしたものではない。)。すると、その時、奥の次長室にいた武内が自ら顔を出し、林田を二階応接室に案内した。同所で、林田は、武内に対し、先刻貯金係職員に申し出た貯金の件を繰り返し述べ、「山田」という届出印で一三〇万円、「松浦」という届出印で二九〇万円、「小山」という届出印で八〇万円都合三口に分けて証書を作成すべきことを依頼した。武内は、林田から現金五〇〇万円を受け取つて自ら数え、金額に誤りがないことを確認した後、一階の事務室に降りて行き、約一五分程して右応接室に戻り、指定したとおりの無記名定期貯金証書三通を持参し、これを林田に交付したものである。

(二)  同(二)(1) の事実は否認する。

(三)  同(三)のうち、本件貯金の預入の際、原告鈴木及び林田が何人の貯金であるかを明示しなかつたこと及び原告鈴木、同宮坂、同磯前の所持する貯金証書の名義人が同原告らではないことは認めるが、その他の事実を否認する。

2(一)  同2(一)の事実のうち冒頭の事実を否認し、その余は不知。およそ、金融機関は、不特定多数の人から金員を預る業態であるから、その監査については格別の注意を払わねばならない。しかるに、武内の不正貸付について被告の内部監査では発見できず、むしろ、内情に疎い県の検査で発見されたというのは、被告の監査が漫然と形式的表面的に行なわれていて、いかに杜撰であつたかを示すものである。また、被告自らも認めるように、被告において定期貯金証書の現物・番号を丹念に調査すれば、本件一連の詐欺事件を発見することができたものであるところ、少なくとも武内の不正貸付が発覚した後は、単に表面的に報告を聞いてすますのではなく、より慎重かつ徹底的な調査をすることが要求されていたのに、被告は、これを怠り、本件一連の詐欺事件を発見できなかつたものである。

(二)  同(二)、(三)の各事実は否認する。

第三証拠<省略>

理由

一  主位的請求(定期貯金返還請求)について

1  原告らは、原告らと被告との間に本件各貯金契約が成立した旨主張するので、この点について検討する。

(一)(1)  いずれも被告名下の印影が被告の印章によつて顕出されたものであることは争いがなく、これに、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき丁第五号証の一及び証人武内敬喜の証言(第一、二回)により真正に成立したものと認められる丙第一ないし第五号証、証人山岸茂の証言により真正に成立したものと認められる丁第七号証、証人松浦宏次、同林田茂、同武内敬喜(第一、二回)の各証言及び原告鈴木徳松、同安田敦、同宮坂順四郎、同磯前輝男(一部)各本人の供述を総合すると、次の事実が認められ、原告磯前輝男本人の供述中これに反する部分は措信せず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

(イ) 原告鈴木は、昭和四二年七-八月頃金融ブローカー兼不動産業者である松浦から、本件支所に五〇〇万円の定期貯金をするよう勧誘されたが、原告安田に三〇〇万円の定期貯金をするよう勧誘し、結局、本件支所に定期貯金として原告鈴木は二〇〇万円、同安田は三〇〇万円を預け入れることにした。原告鈴木は、同年八月二五日自分の現金二〇〇万円と「柳沢」と刻した印鑑及び原告安田から貯金を委託された現金三〇〇万円と「安田」と刻した印鑑を携え、松浦と同道して本件支所に赴き、同支所次長であつた武内(武内が本件支所次長であつたことは当事者間に争いがない。)に、届出印を柳沢として二〇〇万円、安田として三〇〇万円の二口の定期貯金をする趣旨で現金五〇〇万円を手交し、武内から被告発行名義の額面金額二〇〇万円、期間三か月、支払期日同年一一月二五日、利息年四分一厘の無記名定期貯金証書一通(丙第一号証)と額面金額三〇〇万円他は右と同じの無記名定期貯金証書一通(丙第二号証)を受領し、その日のうちに右額面金額三〇〇万円の証書と安田印を原告安田に手交した。

(ロ) また、松浦は、昭和四二年七、八月頃原告宮坂に対し、本件支所に五〇〇万円の定期貯金をするよう勧誘したところ、一三〇万円ならば調達できるという返事であつたので、更に原告磯前に対し、本件支所に三七〇万円の定期貯金をするよう勧誘し、結局本件支所に定期貯金として、原告宮坂は一三〇万円、同磯前は三七〇万円を預け入れることにした。

原告宮坂は、同年八月二九日自分が代表取締役をしている中公実業株式会社(原告宮坂が同会社の代表取締役であつたことは、当事者間に争いがない。)の社員である林田に、翌三〇日松浦と同道して本件支所に赴き定期貯金をすることを委託して、現金一三〇万円と「山田」と刻した印鑑を手交した。

一方、原告磯前は、同月二八-二九日頃松浦に、二九〇万円と八〇万円の二口の定期貯金にすることを委託して(その余の記名あるいは無記名にするか、どういう届出印を用いるか等一切を松浦に任せた。)、現金三七〇万円を手交した。同月三〇日林田は、新宿駅前で松浦と落ち合つたが、その際、同人から、急用で同道できないことを理由に、届出印を松浦として二九〇万円、小山として八〇万円の二口の定期貯金をすることを委託され、現金三七〇万円と「松浦」及び「小山」と刻した印鑑二個を受け取り、金融ブローカーの甘利と同道して本件支所に赴いた。同支所において、林田は、武内に、原告宮坂及び松浦から委託を受けたことと同趣旨の申込をなして、現金五〇〇万円を手交し、武内から被告発行名義の額面金額一三〇万円、期間三か月、支払期日同年一一月三〇日、利息年四分一厘の無記名定期貯金証書一通(丙第三号証)、額面金額二九〇万円、他は右と同じの無記名定期貯金証書一通(丙第四号証)、額面金額八〇万円、他は右と同じの無記名定期貯金証書一通(丙第五号証)を受領し、その日のうちに原告宮坂に右額面金額一三〇万円の証書と山田印を、松浦に右額面金額二九〇万円と同八〇万円の証書二通と松浦印及び小山印を手交し、原告磯前は、同年八月三一日頃松浦から、右証書二通と印鑑二個を受領した。

(2) 無記名定期預(貯)金契約において、当該預(貯)金の出捐者が、自ら預入行為をした場合はもとより、他の者に金銭を交付して無記名定期預(貯)金をすることを依頼し、この者が預入行為をした場合であつても、預入行為者が、右金銭を横領し自己の預(貯)金とする意図で無記名定期預(貯)金をした等特段の事情が認められない限り、出捐者をもつて無記名定期預(貯)金の預(貯)金者と解するのが相当である(最高裁判所昭和三二年一二月一九日判決民集一一巻一三号二二七八頁、昭和四八年三月二七日判決民集二七巻二号三七六頁参照)。

ところで、前記(1) の事実によると、本件各貯金の出捐者が各原告であり、また、原告鈴木が同安田の、林田が原告宮坂及び同磯前の各代理人であつたことは明らかであるところ、原告鈴木が同安田の、林田が原告宮坂及び同磯前の本件各貯金に際し、これを横領し自己の貯金とする意図を有していた等特段の事情を認めるに足りる証拠はなく、却つて、定期貯金証書は、預入当日に原告安田、同宮坂あるいは松浦(を経て翌日頃原告磯前)に手交されていること等からすれば、原告鈴木及び林田に前記意図がなかつたことは明らかである。従つて、本件各貯金の貯金者は、昭和四二年八月二五日の二〇〇万円については原告鈴木、同三〇〇万円については同安田、同月三〇日の一三〇万円については同宮坂、同二九〇万円と八〇万円については同磯前であるというべきである。

被告は、無記名定期預(貯)金契約においては、現実に金銭と印鑑を持参提出した預入行為者が、別人の代理人あるいは使者等として来た旨を明示しない限り、右預入行為者が預(貯)金者である旨主張するが、無記名定期預(貯)金契約における預(貯)金者の確定については前記のとおり解すべきであるから、被告の右主張は採用しない。

(二)  前掲丁第五号証の一、証人本田万太郎、同武内敬喜(第一、二回)の各証言によると、武内は、昭和四二年八月当時本件支所次長として被告の貯金受入等の職務権限を有していたことが認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はないから、本件各貯金契約当時、武内は、被告の貯金受入等に関し、被告の代理人たる地位にあつたものと解するのが相当である。

(三)  (一)、(二)の事実によると、請求原因1(一)のとおり、原告らと被告との間に各無記名定期貯金契約(本件各貯金契約)が成立したこととなる。

被告は、武内が、原告らと貯金契約を締結する内心の効果意思を有しなかつたから、原告らと被告との間に効果意思の合致がなく、本件各貯金契約は成立しない旨主張する。しかし、契約は、申込と承諾の各表示行為が合致すれば成立し、あとはその契約の効力の問題と解するのが相当であるところ、前記の事実からすれば、後記2(四)の事実を考慮しても、原告鈴木及び林田と武内との間に本件各貯金契約をするという点で表示行為の合致があつたことは明らかであるから、被告の右主張は採用しない。

2  被告は、本件各貯金契約は武内が外島らと共謀の上その利益を図るため次長の権限を濫用してこれを締結したものであり、原告ら及び林田は右契約当時武内の右意図を知り又は知りうべきであつたから、被告は本件各貯金返還の責を負わない旨主張するので、以下この点について検討する。

(一)  前掲丁第五号証の一、成立に争いのない乙第一六号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第一七号証、証人柿沢由江の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる丁第二、第三号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき丁第五号証の二、証人本田万太郎、同松田和美、同柿沢由江、同関戸紀元、同江藤利治、同武内敬喜(第一、二回)の各証言及び被告代表者の供述を総合すると、本件支所に関して次の事実が認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

(1)  本件支所の概要

被告は、昭和三四年神奈川県津久井郡下の一二の農業協同組合が合併して設立されたもので、一の本所と一一の支所を有し、本件支所もその一つである。本件支所は、同郡相模湖町という辺鄙な場所にあり、一階に事務室と金庫室を、二階に応接室と会議室を備え、貯金の受入、組合員に対する金銭の貸付、購売(組合員が生産した物を販売すること)、経済(組合員が必要とする物資を本所から搬入し売却すること)等の事業を行なつている。昭和四一-二年当時、本件支所は、理事の支所長一名、職員の次長、金融主任各一名、金融係職員三名、経済係職員二名、外勤係職員一名から成つていたが、支所長が非常勤であつたため、次長が支所長の職務を代行すると共に本件支所の前記事業全体を監督し、かつ、それを行なう職務権限を有していた。

武内は、昭和三九年一〇月から昭和四二年一〇月五日まで本件支所次長の地位にあり、その間の同支所長は訴外中里勘吾であつた。

(2)  本件支所における貯金の受入及び払戻手続

本件支所の一階事務室では、窓口カウンターの席に金融係職員及び経済係職員が、その一階奥の席に金融主任が、更にその一階奥の席に次長がそれぞれカウンターに向いて座つており、貯金者は、カウンターで右金融係職員のいずれかに貯金の預入あるいは払戻を申し出る。

定期貯金の預入の場合、申出を受けた金融係職員は、貯金申込者から現金を受け取つて計算し、定期貯金専用の仕訳票と題する伝票に受入年月日、金額、貯金者名等を記入した後自己の印鑑を押捺し、かつ、貯金申込者に対し、定期貯金元帳と題する伝票(これは仕訳票と一綴の伝票で複写になつている。)の所定部分に氏名を記入し印鑑を押捺することを求め、更に、定期貯金証書用紙(これには、本所から送付を受けた時点で、被告発行名義の記名押印があり、証書番号が打つてある。)に所要事項を記入し、その記入金額の頭(左端)に自己の印鑑を押捺した上、現金、仕訳票、定期貯金元帳及び定期貯金証書用紙を出納責任者の金融主任に回す。金融主任は、金額その他を点検した上で、定期貯金証書用紙に収入印紙を貼付して自己の印鑑で割印し、また、定期貯金証書と定期貯金元帳とを本件支所印で割印し、現金は金庫に収納し、定期貯金元帳(これをまとめて綴じたものが定期貯金台帳である。)及び仕訳票は手許に置き、作成済の定期貯金証書だけを金融係職員に返す。金融係職員は、これを貯金者に手交する。また、支払期日における定期貯金の払戻の場合、貯金者から右申出を受けた金融係職員は、元金払戻、利息計算、現金支出等に関する五-六枚の伝票を作成し、その起票欄に署名をし、定期貯金証書及び右伝票を金融主任に回す。金融主任は、右伝票を確認した上その検印欄に自己の印鑑を押捺し、現金及び利息計算に関する伝票を金融係職員に手交し、金融係職員がこれを貯金者に手交する。

金融主任は、毎日の貯金の受入、払戻を日計集計表に記載して現金と照合し、旬計表(一〇日間分の日計集計表)は本所へ送付される。

本件支所二階の応接室は、一つのテーブルに一つの長椅子と二つの椅子が置かれているが、貯金に関係のある事務用品は何一つ備えておらず、電話も設置されていない部屋で、貯金の受入、払戻に使用されることはなかつた。また、次長は、定期貯金証書用紙、本件支所印、同支所長印等の保管責任を有してはいたが、自ら手を下して前記書類の作成や現金の取扱に関与することは殆んどなかつた。

(二)  原本の存在及び成立に争いのない甲第四号証(一部)、前掲乙第一七号証、丙第一ないし第五号証、丁第五号証の一、二、第七号証(一部)、本件支所名下の印影が被告の印章によつて顕出されたものであることは争いがなく、これに証人武内敬喜の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第一号証、被告名下の印影が被告の印章によつて顕出されたものであることは争いがなく、これに証人武内敬喜の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる乙第一ないし第六号証の各一、二、本件支所名の印影が被告の印章によつて顕出されたものであることは争いがなく、これに証人武内敬喜の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる乙第八ないし第一〇号証の各一、二、第一一、第一二号証、前掲丁第五号証の一及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる丁第四号証の一ないし四、六、八、一五、一六、前掲丁第五号証の二及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる丁第四号証の一二、証人武内敬喜の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる丁第六号証の一、二、証人松田和美、同柿沢由江、同関戸紀元、同江藤利治、同及川勝次、同小林正雄(一部)、同松本光夫、同柿沢実、同武内敬喜(第一、二回)、同山岸茂(一部)の各証言、取下前原告丁慶一、同船橋善丸(一部)各本人の供述及び被告代表者の供述を総合すると、本件一連の詐欺事件について次の事実が認められ、前掲甲第四号証、丁第七号証、証人小林正雄、同山岸茂の各証言及び取下前原告船橋善丸本人の供述中、これに反する部分は前掲証拠に照らし措信しえず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

(1)  不正貸付・導入貯金

本件支所の貯金量の拡大を図つていた武内は、昭和四一年四-五月頃、被告の組合員で日之出アルミサツシ工業株式会社及び訴外千代田製紙株式会社の役員をしていた柿沢実を介し、右両会社の実質上の経営者であつた外島と知り合つたが、同人から本件支所に数億円の貯金をする旨の申出を受けた。そこで、武内は、同年五月頃被告組合長鈴木及び専務理事らに外島を紹介したところ、同人から、同組合長らに対し、「相模湖付近で観光事業をしたいので融資して欲しい。その担保として、訴外足利銀行に預け入れてある自己の貯金のうちから約五億円の貯金をする。」旨申入があり、武内は、外島との右取引につき本所の一応の了解を得た。

柿沢は、同年六月一三日日之出アルミサツシ工業株式会社振出にかかる額面一二万円の小切手を本件支所に持参して武内を訪れ、外島に対する融資を求めた。ところで、被告の内規上、一〇万円以下の貸付であるならば支所次長の専決でできるが、それを超える貸付をするには、貯金担保の場合を除き、本所に禀議してその決裁を得ることが必要であつた。しかし、右決裁を得る時間的余裕がないことのほか、前記大口貯金に対する期待から、武内は、柿沢の求めに応じ、外島(但し、借主名義人は被告の組合員の柿沢とされた。)に対し、その権限を逸脱した貸付をなし、爾後かかる融資を昭和四二年一月まで継続して行なつた。右融資に当つては、当初本件支所の資金が流用されたが、それが増大するに及び、外島において、金融ブローカーの小林正雄に依頼して、裏金利を支払うことを条件に本件支所に定期貯金を導入することとなり、武内は、昭和四一年七月一一日から昭和四二年一月までの間本件支所において、右貯金を正規の手続(表経理)により受け入れ、外島に対する融資の資金に充てた。

武内は、外島及び柿沢に対し、前記貯金の実現を督促する一方、昭和四一年八月には、翌月に実施される被告の定期監査に備え、前記導入預金をもとにして当時の不正融資額に見合う外島名義の定期貯金証書二通を変造し、貯金を担保とする貸付のように偽装したほか、昭和四二年一-二月にも後記行政検査に備え偽装工作をなしたが、前記不正貸付の事実は、同年一月三〇日及び同年二月一四、一五日に各実施された神奈川県の行政検査により、その最終日に発覚するに至つた。

ところで、右発覚するまでの間の貸付件数は約八〇件、貸付金総額は約二億一〇〇〇万円(未返済額約一億八〇〇〇万円)に、導入貯金口数は約五〇口、導入貯金総額は約二億九〇〇〇万円(未払戻額約一億八〇〇〇万円)にそれぞれ達し、武内は、本件一連の詐欺事件発覚後、右不正融資について背任罪で起訴されるに至つた。

(2)  本件一連の詐欺事件の概要

(イ) 前記(1) のとおり不正貸付が発覚し窮地に陥つた武内は、発覚当日の昭和四二年二月一五日外島及び柿沢に対し、融資の担保となる貯金の預入を強く要求したところ、外島から、「従来どおり貯金者を勧誘し本件支所に連れてくるので、武内において、被告発行名義の定期貯金証書を発行した上、被告の貯金として受け入れたように装つて金員を受領し、右金員は被告の貯金とはせず、それで外島の借入金の返済処理をする。貯金者との関係は、近いうちに外島において訴外東京相互銀行から約五億円の融資を受けるので、そのとき小林を通じ貯金者から証書を買い戻して一挙に清算する。明日預入がある合計三〇〇〇万円の定期貯金(導入貯金)から始める。」旨提案があり、武内は、当面の対策として已むをえずこれを承諾し、ここに外島、柿沢及び武内の間に、本件支所において被告発行名義の貯金証書を利用し被告の貯金を装い貯金者から金員を騙取することを内容とする詐欺の共謀が成立した。

(ロ) 外島は、小林あるいは金融ブローカーの訴外岩田誠に対し、貯金者に裏金利を支払うことを条件に本件支所への貯金を勧誘することを依頼し、同人らも他の金融ブローカーに同趣旨の依頼をなした。外島は、小林あるいは岩田と緊密な連絡をとりあつて行動し、右勧誘に応ずる者が見つかると、外島が、武内に対し、預入の日、金額、貯金の種類等を予め連絡すると共に、貯金者に支払うべき裏金利の額を指示した。武内は、右指示に従い、貯金の預入前に、本件支所において、外島の使者である柿沢あるいは訴外松本光夫(日之出アルミサツシ工業株式会社の渉外部長)に右金員を手交し、同人らは、それを、本件支所に近い国鉄相模湖駅前において小林あるいは岩田に手交し、その後、同人らが貯金申込者らを本件支所に同道するという手順をとつた。

貯金者が来所すると、武内は、他の職負に対する配慮から、貯金者を原則として二階応接室に案内した。定期貯金の新規受入の場合、同室において、武内は、貯金申込者から現金を受領して数えた上、その場で、正規の用紙を用いた仕訳票及び定期貯金元帳を作成し、その後、一階に降りて行き、金庫室において正規の定期貯金証書用紙に金額をタイプライターで打ち、次いで次長席において、その余の所要事項をゴム印で記入し、自己の印鑑又は本件支所印で収入印紙との割印をなし、金額欄に自己の印鑑を押捺して定期貯金証書を作成し、これを二階応接室に持参し、本件支所印で右元帳との割印をなした上、同証書を貯金者に交付した。その他、通知貯金の新規受入、支払期日の到来した定期貯金の書替あるいは元利金の払戻の場合も、本件支所で行なわれていた正規の手続によらず、武内により、原則として二階応接室において諸手続が行なわれた。

武内は、貯金者から受領した金員を、右仕訳票及び定期貯金元帳と共に、本件支所一階の次長専用ロツカーに収納して保管し、従つて、日計集計表(旬計表)には、このようにして受入れた貯金の受入の記載がなく、右元帳も、本件支所の定期貯金台帳として綴られることがなかつた。

被告の貯金名下に受け入れられた金員は、昭和四二年三月までは外島の借入金の返済(なお、右借入金の一部につき外島名義の定期貯金証書を変造し、同月時点では担手貸付金として一時処理し、同年七月七日頃に右貯金を払戻して貸金の返済に充てたこととし最終的な処理をした。)及び前記裏金利の支払等、同年五月中旬以後は右返済のため受け入れた貯金の元利金の払戻及び裏金利の支払等のために費消された。

(ハ) 武内は、大阪の訴外マルキ商事から通知貯金として受領した金額三〇〇〇万円の横線小切手を現金化のため、昭和四二年一〇月三日松本と共に支払場所の訴外三井銀行八王子支店に持参したところ、不審を抱いた同支店及び貯金者が被告本所へ問い合せをした。かくして、鈴木組合長から右小切手について説明を求められた武内は、それまでのいきさつを打ち明け、同月五日懲戒解雇されるに至つたのであるが、その時においても、本件支所に約五億円の貯金を預け入れて一切を解決するという外島の言を信じていた(当時、外島は、金融ブローカー・導入屋をしていただけでなく、金融犯罪で前科七犯を有し、しかも刑事被告人でありながら逃走中の者であつたが、武内はそのことを知らなかつた。)。なお、武内は、外島、柿沢と共に、後記未払戻額約三億八〇〇〇万円の件について詐欺罪で起訴された。

(ニ) 昭和四二年二月一六日から前記発覚までの間において前記方法により騙取した貯金(書替も含む)口数は約一五〇口、貯金総額は約九億円(未払戻額約三億八〇〇〇万円)に達した。右貯金者は被告の組合員でないのみならず、東京、大阪等に居住していて、当該貯金以外に本件支所との結び付きは全くなかつた。また、右貯金は、当初は、三か月の定期貯金のほかに六か月の定期貯金もあつたが、昭和四二年五月頃からは殆んど三か月の定期貯金だけとなり、同年八月下旬からはそのほかに一か月の通知貯金も現れ、同年九月にはそれが同月の貯金額の約半数を占め、また、同年五月中旬からは新規受入と書替継続とが混在するようになつた。

右期間を通じ、武内は、前記裏金利に充てるため、昭和四二年二月一七日外島に対し一〇〇〇万円を手交したほか、柿沢あるいは松本に対し、貯金の種類、期間の長短、新規であるか書替であるかを問わず、貯金額の一割五-六分(場合によつては、一割八分)の金員を手交し、同年七月初旬頃には見せ金として用いる二〇〇〇万円を一日借りるにつき一〇〇万円を支出することさえあつた。

(ホ) 武内は、昭和四二年五月中旬頃小林に前記詐欺の共謀内容の一端を打ち明け、同人からも外島に貯金を早期に実現するよう口添えして欲しい旨依頼した。従つて、小林は、遅くとも同時点以降武内、外島らの意図を知るに至つたのであるが、その後も、貯金者あるいは他の金融ブローカーに本件支所への貯金を勧誘していたものである(尤も、右打ち明け後も貯金の勧誘がなされたこと及び前記共謀内容等からすると、小林は、当初から外島、武内らの意図を知悉していたとも推測される。)。

同年七月初旬には、被告から約三億五〇〇〇万円の融資を受けたある建設会社が倒産し被告が苦境に陥つているという噂が東京方面へ伝わり、小林が一旦貯金者から貯金の承諾を得ながら、その預入を断られるという事態が発生した。

武内は、同年八月二一日取下前原告船橋善丸との間で、貯金者を同塩谷静枝とする額面金額一〇〇万円、期間三か月の定期貯金の書替をなした際、誤つて額面金額一〇〇〇万円の定期貯金証書を作成交付した。武内は、その数日後小林から、証書の金額が一桁間違つている定期貯金がある旨の連絡を受けたものの、同時に貯金者の方でそれを承知していると伝えられ、また、正規の受入でないということからそのまま放置しておいたが、一方、船橋善丸及び塩谷からもそれにつき何らの申出もなかつた。

武内は、同月二四日坂田一二名義の簿外貯金三〇〇〇万円、同年九月八日北原智丸名義の簿外貯金五〇〇〇万円及び同月二八日吉原五珠名義の簿外貯金二〇〇〇万円をそれぞれ払い戻すに当り、貯金者から税務署対策のためとして架空の定期貯金伝票等を作成挿入するよう依頼され(従つて、当該貯金者は当該貯金が正規の貯金でないこと、少なくとも正規の帳簿処理がされていないことを知つていた。)、日計集計表には記載しないが、右伝票等を作成挿入したり、現金在高表の受入払出欄にそれに見合う記載をする等表面上正規の会計処理がなされたかの如き粉飾をなした。

同月二一日から同月三〇日までの本件支所における定期貯金及び通知貯金の取引を見ると、正規の手続(表経理)によるものは、受入額約八〇〇万円、払房額約三二〇万円であるのに対し、正規の手続を経ないもの(裏経理・簿外貯金)は受入額七三〇〇万円、払戻額四二〇〇万円であり、取引量において後者は前者の一〇倍に近い。

(三)  前掲甲第一号証、乙第一ないし第六号証の各一、二、丁第七号証、証人立花和夫、同及川勝次、同小林正雄、同武内敬喜(第一回)の各証言及び取下前原告丁慶一、同船橋善丸、同本多平吉各本人の供述を総合すると、取下前原告丁ら及び金融ブローカーの預入当日における行動につき次の事実が認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

取下前原告船橋善丸は、小林から、裏金利を出すので本件支所へ貯金をするよう勧誘され姉の同塩谷静枝及び同柿沼喜美と共に、昭和四二年二月二〇日新規に三か月の定期貯金の預入をなし、同年五月二〇日三か月の定期貯金に書替継続し、取下前原告本多平吉は、船橋善丸の勧誘により、同日新規に三か月の定期貯金の預入をなし、同年八月二一日同原告ら四名は三か月の定期貯金に書替継続し、取下前原告船橋静枝(船橋善丸の母)は新規に三か月の定期貯金の預入をなし、また、取下前原告丁は、金融ブローカーの訴外及川勝次から同様の勧誘を受け、同年九月二五日新規に一か月の通知貯金の預入をした。

船橋善丸外四名の場合は、船橋善丸及び本多が小林と、丁の場合は、丁が及川と同道して、相模湖駅前の本件支所に近い食堂兼喫茶店に至り、又は同所で落ち合つた上、そこで一時待機し、小林あるいは岩田(丁の場合)の案内により本件支所に赴き、貯金の預入あるいは書替手続をなした。斡旋者として、船橋善丸外四名の場合は小林だけが、丁の場合は岩田及び及川のほかに金融ブローカーの訴外井上健二郎が当該貯金に関与し、同人ら(小林及び岩田が松本から相模湖駅前において武内の支出した裏金利を受け取つていたことは、前記のとおりである。)は、自己の謝礼分を差し引いて約定の裏金利を貯金者に手交したが、これは、右食堂兼喫茶店において、前者の場合は、右手続前に行なわれたが、後者の場合は右手続後に行なわれた。

裏金利として、船橋善丸外四名の場合は、小林から、新規預入あるいは書替継続に拘らず貯金額の八分(年利三割二分)を、丁の場合は、及川から貯金額の四分ないし四分五厘(年利四割八分ないし五割四分)をそれぞれ受領した(尤も、武内が裏金利に充てるため貯金額の一割五-六分の金員を支出していたことからすると、右八分とりわけ四分ないし四分五厘というのは少なすぎると思われるが、武内と小林あるいは岩田との間に介在した外島及び松本が操作した可能性を否定できないし、小林あるいは岩田ら金融ブローカーが受領した謝礼分も明らかでないし、また、丁の場合は合計三人の金融ブローカーが介在したのであるから、右利率を超える裏金利の授受があつたかどうかは明らかではない。)。

(四)  原告らと本件支所との取引について

(1)  原告らの職業及び松浦との関係

原告鈴木が同安田と親しい知人であつたこと及び原告磯前が大学卒業後直ちに不動貯蓄銀行(現在の協和銀行)に入行し、昭和二四年弘明寺支店長、昭和二六年本店厚生課長、昭和二八年人事部次長を歴任し、停年退職後、東京都新宿区にある片貝印刷興業株式会社に入社したことは、原告らにおいて明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

また、成立に争いのない丁第八号証、証人松浦宏次の証言及び原告鈴木徳松、同安田敦、同宮坂順四郎、同磯前輝男各本人の供述によると、次の事実が認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

原告鈴木は、本件貯金契約当時、東京都北区に居住する会社員であつたが、以前に、他人の名義を借りて経理事務所を経営していたことがあり、松浦とは、昭和三九年頃から不動産取引上及び個人的な付合があつた。

原告安田は、東京都渋谷区に居住し、オートクチユール安田(従業員約五〇人)を経営していたものであるが、昭和三六年頃から原告鈴木にその経理をみてもらつており、投資の希望があることを話していた。

原告宮坂は、東京都杉並区に居住し中公実業株式会社の代表取締役であつたものであるが、同社は、不動産の売買、斡旋等を業としており(なお、定款には金銭の貸付も事業目的に掲げてある。)、同原告は、松浦とは昭和三三年頃から仕事上の深い付合があり、同人の仕事内容もよく知つていた。

原告磯前は、前記の経歴を有する者であるが、本件貯金当時東京都目黒区に居住し、片貝印刷興業株式会社の社員として勤務しており、松浦とは昭和三八年頃から不動産取引の関係等で付合があつた。

(2)  本件各貯金以前における原告らの貯金

前掲丁第七号証及び証人山岸茂の証言によると、本件支所において次のような貯金の受入、払戻があつたことが認められる。

(イ) 正規の手続(表経理)により、昭和四一年一一月二二日、定期貯金台帳上貯金者安田、額面金額二五〇万円の、同台帳上貯金者宮坂、額面金額三〇〇万円の各無記名定期貯金を受け入れ、いずれも昭和四二年二月二二日払い戻した。

(ロ) 正規の手続により、昭和四一年一二月九日、届出印山田、額面金額三五〇万円の、届出印安田、額面金額一五〇万円の各無記名定期貯金を受け入れ、いずれも昭和四二年三月九日払い戻した。

(ハ) 正規の手続を経ずに(裏経理・簿外貯金)、同月二日、届出印柳沢、額面金額二〇〇万円の、届出印鈴木、額面金額二〇〇万円の、届出印磯前、額面金額二〇〇万円の、同月六日、届出印林田、額面金額二〇〇万円の、届出印松浦、額面金額二〇〇万円の各無記名定期貯金を受け入れ、いずれも同年六月七日払い戻した。

(ニ) 正規の手続を経ずに、同年三月一一日届出印山田、額面金額一五〇万円の、届出印宮坂、額面金額二〇〇万円の、届出印小山、額面金額三五〇万円の各無記名定期貯金を受け入れ、いずれも同年六月一一日払い戻した。

本件各貯金契約に際し、届出印として、原告鈴木が「柳沢」と刻した印鑑を、同安田が「安田」と刻した印鑑を、同宮坂が「山田」と刻した印鑑を、同磯前が「松浦」及び「小山」と刻した印鑑を用いたこと、原告磯前は、松浦に本件貯金を委託するに際し、二口の貯金とすることを指示した以外は一切を同人に任せたこと、林田が原告宮坂が代表取締役をしている会社の社員であつて本件貯金契約にも関与したこと、本件各貯金の斡旋者は金融ブローカー兼不動産業者の松浦であり、同人は、本件各貯金の数年前から原告鈴木、同宮坂及び同磯前と仕事上あるいは個人的な付合があつたこと、及び原告鈴木は昭和三六年頃から同安田の経理の相談に与つていたが、同人から投資の希望があることを聞いていたことは、いずれも前記認定のとおりである。また、原告宮坂順四郎本人の供述によると、原告宮坂は、本件貯金以前に「山田」と刻した印鑑を用いて約二〇〇万円の無記名定期貯金をしたことがあつたこと及び原告ら以外にも松浦の勧誘により本件支所に貯金した者が多数いたことが認められ、それに反する証人松浦宏次の証言は措信しない。

以上の事実に前記(二)、(三)の各事実を併せ考えると、原告安田及び同宮坂は、前記不正貸付の期間中である昭和四一年一一月二二日及び同年一二月九日に本件支所に三か月の無記名定期貯金(導入貯金)をなしたこと、導入貯金をする意思で、原告鈴木、同宮坂及び同磯前は、本件一連の詐欺事件が着手された後である昭和四二年三月二日に、林田(あるいは原告宮坂)は同月六日に、原告宮坂及び同磯前は同月一一日にそれぞれ三か月の無記名定期貯金をなし、いずれも同年六月に払い戻したこと、同年三月の預入及び同年六月の払戻は、いずれも本件支所における前記(一)(2) の正規の手続を経ていない簿外貯金であつたことが推認され、原告鈴木徳松本人の供述中これに反する部分は措信せず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

(3)  本件各貯金

(イ) 前記(二)(2) の事実に前掲丙第三ないし第五号証及び証人松浦宏次、同林田茂の各証言を綜合すると、本件各貯金は、外島-小林あるいは岩田……(この間に介在者が存在したか否かは明らかでない。)……金融ブローカーの河津(原告鈴木及び同安田の本件貯金の場合)あるいは甘利(原告宮坂及び同磯前の本件貯金の場合)-松浦の順に、裏金利の交付を条件として本件支所への定期貯金が勧誘され、松浦が、前記1(一)のとおり原告鈴木、同宮坂及び同磯前を勧誘し、その結果、本件各貯金がなされたこと、武内は、原告宮坂及び同磯前の本件貯金を受け入れた際、本件支所二階応接室において、林田から前記1(一)のとおり定期貯金の申込を受けて現金五〇〇万円を受領し、その場で、正規の用紙を用いた仕訳票及び定期貯金元帳に所要事項を記入して、後者に林田の持参した届出印の押捺を求め、その後、一階へ降りて行き、金庫室において正規の定期貯金証書用紙に金額をタイプライターで打ち、次いで、次長席においてその余の所要事項をゴム印を用いて記入し、本件支所印で収入印紙との割印をなし、金額欄に自己の印鑑を押捺して定期貯金証書三通(丙第三ないし第五号証)を作成し、これを二階応接室に持参して本件支所印で右元帳と割印をなした上、同証書を林田に交付したが、武内は、右現金及び元帳等を一階の次長専用ロツカーに収納して保管したこと、従つて右貯金の受入は、金融主任により日計集計表に記載されていないし、右元帳は定期貯金台帳に綴られなかつたことが認められ、また、成立に争いのない甲第二号証及び原告鈴木徳松、同安田敦、同宮坂順四郎、同磯前輝男各本人の供述によると、本件一連の詐欺事件が公になつて間もなく、最初松浦が、次いで同人と原告鈴木が原告らの本件各貯金の払戻請求に本件支所及び本所へ赴いたが、右払戻を拒否されたことが認められ、他に以上認定を左右するに足りる証拠はない。

(ロ) 原告鈴木徳松本人は、「松浦から、本件支所の近くに中央高速道路が通ることによりその周辺の土地の値上りが見込まれるが、右土地を購入する際融資を受けられるようコネをつけてあげるから、本件支所に金額五〇〇万円、三か月の無記名定期貯金をしないかと勧誘され、原告安田にもその趣旨の話をして貯金を勧誘した。右貯金をすると、裏金利が出るということは松浦から聞かなかつた。昭和四二年八月二五日松浦と同道して本件支所へ赴き、女子職員に東京から貯金に来た旨を告げた。次長席において、武内に現金五〇〇万円を手交すると、女子職員がそれを数え、次いで、貯金申込書に所要事項を記載すると、男子職員が定期貯金証書二通を持参して武内に渡し、武内からその交付を受けた。本件貯金の前後に何人からも裏金利を受け取つたことはない。」旨供述し、原告安田敦本人もほぼ同旨の供述をしている。また、証人松浦宏次は、原告鈴木徳松本人の右供述に副う証言をするほか、更に、「武内が女子職員に現金を数えることを命じ、同職員が自席で数え、その結果を武内に報告した。貯金申込書は男子職員が武内のところへ持参した。本件支所に赴く前日、神田にある自分の事務所において、河津から本件貯金五〇〇万円の謝礼として二四万円を受取つた。」旨証言する。

原告宮坂順四郎及び同磯前輝男各本人は、「土地への投資を考えていたところ、松浦から、本件支所の近くに中央高速道路が通ることにより周辺の土地の値上りが見込まれるが、松浦を通して本件支所に貯金すると、不動産業者である松浦に対する地主の信用がつき土地の買収が容易になるので本件支所に貯金するよう勧誘された。右貯金をすると裏金利が出るということは松浦から聞かなかつたし、貯金の前後に何人からもそのような金員を受け取つたこともない。」旨供述し、証人松浦宏次は、裏金利に関し右供述に副う証言をするほか、「甘利から本件貯金の謝礼として二五万円を受け取つた。」旨証言する。また、証人林田茂は、「昭和四二年八月三〇日甘利と同道して本件支所へ赴き、一人で預入手続をなし、その後、相模湖駅構内で待つていた甘利と一緒に東京へ戻つた。本件貯金の前後に何人からも裏金利を受け取つたことはない。」旨証言する。

(ハ) しかしながら、貯金額の四分八厘ないし五分もの謝礼を受け取つた金融ブローカーが貯金者に一銭も裏金利を渡さなかつたというのは不自然であり、ましてや、松浦と原告鈴木、同宮坂及び同磯前とは数年に亘り仕事上・個人的な付合があり、特に原告宮坂とは深い関係にあつたというのであるから尚更不自然である。また、原告らは、本件支所周辺の土地に投資することを考えており、その際、原告鈴木及び同安田は、被告から融資を受けるため、原告宮坂及び同磯前は松浦が地主の信用を得るため本件各貯金をなした旨供述するが、原告鈴木は、右貯金預入の際武内に対し右融資の打診をしたことがない(同原告本人の供述により認められる。)し、また、松浦以外の者が本件支所に五〇〇万円程度で三か月の無記名定期貯金をすることにより、松浦に地主の信用がつくというのも甚だ不合理である。そして、証人松浦宏次は、本件各貯金の預入を勧誘した者であり、その払戻請求が拒否されたことにより、貯金者である原告らから責任を問われかねない立場にあるから、原告らに迎合的な証言をなした疑いがある。

原告鈴木徳松本人は、原告鈴木及び同安田の本件貯金は前記(一)(2) の正規の手続に従い預け入れた旨供述するが、そうであるとすると、定期貯金証書の金額欄に金融係職員の印鑑が、同証書に貼付された収入印紙の割印に金融主任の印鑑がそれぞれ押捺され、金融主任により日計集計表に定期貯金受入の記載がなされ、定期貯金元帳が定期貯金台帳に綴られることとなるが、前記(二)(2) (ロ)の事実に前掲丙第一、第二号証、丁第七号証を総合すると、原告鈴木及び同安田の所持する定期貯金証書には、金額欄及び収入印紙の割印に次長であつた武内の印鑑が押捺されているのみであり、その貯金の受入が日計集計表に記載されておらず、また、その定期貯金元帳が定期貯金台帳に綴られていないことが認められるのである。

(ニ) 以上(イ)、(ハ)の各事実、前記(三)、(四)(2) の各事実に証人松本光夫、同武内敬喜(第一回)の各証言を総合すると、本件各貯金契約の前後の事情は、前記(四)(3) (イ)のほか、次のとおりであつたものと認められ、これに反する前記(ロ)の原告らの各本人の供述及び証人松浦宏次、同林茂の各証言は措信しえず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。即ち、

原告らは、裏金利を得るため本件各貯金を預け入れたのであつて、その前後に裏金利の交付を受けた(裏金利の額は明らかではないが、取下前原告丁が貯金額の四分ないし四分五厘〔年利四割八分ないし五割四分〕、同船橋善丸外四名が八分〔年利三割二分〕であり、また、松浦が謝礼として四分八厘ないし五分を受領したと証言していることからして、原告らもそれぞれ貯金額の五分〔年利二割〕に近いものを得たのではないかと推測される。)。原告鈴木及び林田は、本件各貯金契約当日、松浦あるいは甘利と同道して、本件支所に近い相模湖駅前の食堂兼喫茶店に赴いて待機し、その後、小林あるいは岩田の案内により本件支所に赴いて、本件各貯金の預入手続をなしたのであるが、その預入手続は、原告鈴木の場合も前記(四)(3) (イ)の林田の場合と同様であつた。原告鈴木及び林田は、右預入手続の前後に、右食堂兼喫茶店において、松浦と予め約した裏金利を受領した。

(五)(1)  原告らと被告との間に本件各貯金契約が成立したとしても、被告の代理人が自己又は第三者の利益を図るため権限内の行為をしたときは、相手方である原告ら(あるいはその代理人)が被告代理人の右意図を知り又は知りうべきであつた場合に限り、民法九三条但書の規定を類推適用して、本人である被告はその行為について責に任じないと解するのが相当である。

ところで、以上の認定事実からすると、被告の代理人であつた武内が、不正貸付金ないしは騙取金の返済に充てるという自己及び外島の利益を図るため、自己の権限を濫用し被告の貯金名下に本件各貯金を受け入れ当該金員を騙取したものであるところ、原告ら(少なくとも原告鈴木)及び林田(原告宮坂及び同磯前の代理人)は武内の右意図を知つていたということはできないが、後述するとおり、少なくとも武内が本件各貯金を被告の貯金として受け入れる意思のないことを知りうべきであつたといわざるをえない。

(2) 預金等に係る不当契約に関する法律は、いわゆる導入預(貯)金につき、預(貯)金者、斡旋者(導入屋)、金融機関の役職員等に対する罰則を定めている(同法二条ないし六条)が、これは、金融機関に着眼すれば、導入預(貯)金は貸付金の担保となつていないから、預(貯)金の満期が到来すると、貸付金の回収の有無に関係なく引き出され、金融機関としては資金の手当に苦しむこととなり、これがため新たな導入預(貯)金、ひもつき融資の悪循環を来たし、ついには金融機関自身が自転車操業の危機に追いこまれたり、また、当局の目をごまかすため貸出の仮装回收その他不良貸出に関する粉飾処理等が行なわれ、金融機関の経理が乱脈となり遂には破滅への途をたどるような事態も起こり、また、導入預(貯)金に絡み詐欺、横領等の犯罪も生じ易いので、これらを予防するため、罰則をもつて臨んでいるのである。一方、預貯金者としても、通常、短期間の定期預(貯)金をするだけで、しかも、その預(貯)金をする前に、多額の裏金利の支払を受けることとなるのであるが、それは何としても不自然なことであり、その背後に何らかのいかがわしい問題の潜んでいることを感じない筈はなく、このような依頼を受けて預(貯)金をすることは、普通人ならば敬遠するであろう危い橋といわねばならない。

被告は、農業協同組合であるところ、それは、農民を組合員とし、組合員の事業又は生活に必要な諸事業を行なう団体であるという認識が一般的であるが、その支所の一つである本件支所は、神奈川県下の片田舎にあり、しかも、職員数及び貯金量等の点で金融機関の支店としてみても非常に小規模なものであつた。かかる本件支所において、昭和四一年七月から昭和四二年一月まで、不正貸付の資金として総額約二億九〇〇〇万円の導入貯金を受け入れ、その最終貸付額は約一億八〇〇〇万円に達し、その後、これに関連して、同年二月一六日から同年一〇月まで導入貯金(書替を含む貯金総額は約九億円)名下に金員の騙取がなされ、最終騙取金額が約三億八〇〇〇万円に達するという重大事件に発展した。そして、同年二月一六日以降裏金利に充てるため、貯金額の一割五-六分(年利に換算すると、当初は三割ないし三割二分ということもあつたが、大体六割ないし六割四分であり、同年八月下旬からは一八割ないし一九割二分になるのもあつた。)という裏金利としては途方もなく高額の金員が武内により支出され、これをめぐり外島を頂点とする多数の金融ブローカー(導入屋)が介在し、当該貯金以外に本件支所と結びつきのない遠方の多数の貯金者に対し、高率(証拠上明らかな場合に限つても年利三割二分又は四割八分ないし五割四分)な裏金利が交付されていた。このような大規模な事件であつたため、その間、昭和四二年七月初旬には、被告の融資がこげつきその経営が困難な状況にある旨の噂が東京に伝つたり、同年八月二一日には、預入金額の一〇倍の額面金額の定期貯金証書が発行されたにも拘らず、武内も貯金者もそのまま放置しておいたり、同年八-九月には、税務署対策として武内に伝票の作成挿入を依頼する貯金者が現れる(従つて、当該貯金が正規のものでないこと少なくとも正規の帳簿処理がなされていないことを貯金者は知つていた。)等不正行為の存在を推測する手掛りとなる事情も発生していた。

ところで、本件各貯金契約は同年八月下旬になされたものであるから、導入貯金に伴う前記弊害がそのころ相当深化していたと考えられるのみならず、本件一連の詐欺事件の終局段階にあつて不正の存在を推測させる事情も現れていたし、これに、右事件が発覚したのは、本件各貯金契約から約一月後の昭和四二年一〇月三日であり、それも武内が貯金として受領した小切手を換金のため支払場所に持参したところ、当該銀行及び貯金者が不審を抱いて被告本所に問い合わせたことによるという簡単なきつかけであつたことを併せ考えると、本件各貯金契約当時、貯金申込者(まして導入貯金をしようとする者)は、本件支所の貯金の危険性(少なくとも漠たる危険性)を知りうる状況にあつたもの)と解される。

導入預金取締法違反被疑事件数は昭和四二-三年当時がピークであつたのみならず、原告鈴木、同宮坂及び同磯前は、その職業、経歴等から金融につき相当の知識と経験を有しており、従つて、同原告らは導入貯金の弊害等に関する認識を有していたものと言い得るところ、原告らは、本件各貯金のほかに昭和四二年三月にも導入貯金をする意図で本件支所に無記名定期貯金を預け入れ、同年六月にそれを払い戻したが、いずれの受入及び払戻手続も正規の手続によらず前記(三)(2) (3) のとおりなされた。従つて、貯金以外に本件支所と結び付きのない原告ら(少なくとも原告鈴木)及び林田としては、前記本件支所を包む状況の下で、預入手続の場所・方法、定期貯金証書の印影、武内の行動等について貯金者として一般に要求される注意を払つておけば、本件支所の貯金の具体的危険性及び預入手続の不自然さに気づき、ひいては本件各貯金契約について、武内の真意が被告の貯金として受け入れるものではないことを覚知できた筈である。

3  結論

とすると、前記法理即ち民法九三条但書の規定の類推適用により、原告らと被告との間に本件各貯金契約は有効に成立しなかつたものと解すべきであつて、これが有効に成立したことを前提とする原告らの定期貯金返還請求は、失当として棄却すべきものである。

二  予備的請求(損害賠償請求)について

1  武内が、本件支所の次長として被告の貯金受入等の職務権限を有していたところ、真実は被告の貯金として受け入れる意思がないのにも拘らず、権限を濫用して作成した被告発行名義の定期貯金証書を原告鈴木及び林田に交付する等して欺罔し、同人らにおいて右貯金として受け入れられるものと誤信して交付した各五〇〇万円を騙取した上、これを被告の貯金とせず費消したことは、前記のとおりである。

そして、本件各貯金契約が有効に成立しなかつたことは前記のとおりであつて、原告らは、被告に対し貯金債権を取得できなかつたのみならず、武内及び外島に資力がなく、同人らから本件各貯金額の弁済を受けることができないことは、前掲甲第四号証、証人武内敬喜の証言(第一回)及び弁論の全趣旨により明らかであるから、原告らは、武内の前記行為により本件各貯金額相当の損害を被つたものである。

よつて、武内は、被告の事業を執行するにつき不法行為をなして第三者に損害を加えたものというべく、被告は、民法七一五条一項により原告らの被つた前記損害を賠償する義務がある。

2  被告は、本件各貯金契約をなし貯金を受け入れた武内の行為が同人の職務権限内において適法になされたものでないことを原告ら及び林田が知つていたか、又は重大な過失によりこれを知らなかつたものであるから、武内の使用者である被告に対しその損害賠償を求めることができない旨主張するので、この点について検討する。

ところで、被用者のなした取引行為が、その外形からみて使用者の事業の範囲内に属するものと認められる場合においても、その行為が被用者の職務権限内において適法に行なわれたものでなく、かつ、その取引の相手方が右事情を知りながら、又は重大な過失により右事情を知らないで当該取引をしたと認められるときは、その相手方である被害者は、使用者に対しその行為に基づく損害の賠償を請求することができないというべきである。

しかして、本件各貯金契約が武内の職務権限内において適法に行なわれたものでないことを原告ら及び林田が知つていなかつたことは前認定のとおりである。また、右重過失とは、取引の相手方においてわずかの注意を払いさえすれば、被用者の行為がその職務権限内において適法に行なわれたものでない事情を知ることができたのに、そのことに出でず、漫然これを職務権限内の行為と信じ、もつて一般人に要求される注意義務に著しく違反することであつて、故意に準ずる程度の注意の欠缺があり、公平の見地上、相手方にまつたく保護を与えないことが相当と認められる状態をいうものと解するのが相当であるところ、前記一2の認定事実をもつてしても、本件各貯金契約が武内の職務権限内において適法に行なわれたものでないことを原告ら及び林田が知らなかつたことにつき重過失があつたということはできない。

よつて、被告の前記主張は採用することができない。

3  次に、被告は、武内の選任監督につき相当の注意をなしたのであるから、被告に損害賠償の責任はない旨主張するので、この点について検討する。

前掲丁第五号証の一、二、証人武内敬喜(第一、二回)、同山岸茂の各証言及び被告代表者の供述によると、次の事実が認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。即ち、

本件支所に対して、県の検査官が昭和四二年一月三〇日及び同年二月一四、一五日に亘り県条例により行政検査を行ない、被告本所の担当者が昭和四一年八月の仮決算の後の同年九月、昭和四二年二月の本決算の後の同年三月、同年八月の仮決算の後の同年九月にそれぞれ被告の監査細則により定期監査を行なつた。同年二月一五日外島に対する不正融資が発覚した後、鈴木組合長が武内に対し口頭で注意を与えたり、あるいは、本所金融部長が武内に電話で事情を訊ねたり本件支所へ来て簡単な調査をして、早期回収を指示した。武内らは、外島の借入金を返済するに当り、正規の弁済と見せるため現金をわざわざ銀行の預金小切手に組替えて本所へ持参する等の工作をなした。被告においては、当時、毎月一回本所に全支所の次長を招集して次長会議を開催し、そのたびごとに鈴木組合長が、全次長に対し不詳事件等を起こさないよう訓示していた。

しかしながら、被告が昭和四一年九月に行なつた定期監査の際、武内が不正貸付をしていたのを発見できず、その後、抜き打ち的に行なわれた県の検査によりそれが発覚したのであるが、それ以降武内の職務執行について監視を強めるということもなく、昭和四二年三月及び同年九月の定期監査にも不正行為を発見できなかつた。監査は、充分な時間をとらず、人手も足りないことから一通りのことで済まされ、又は監査者と被監査側とが馴れ合つて関係書類等を綿密に調査することはなかつた。被告の監査細則には、定期監査のほか必要と認めるときは随時監査を行なう旨の規定があるにも拘らず、それが行なわれなかつた。武内の使用した定期貯金証書用紙は、本所から五〇枚ないし一〇〇枚とまとまつて送付されるものであるが、これには一連番号がついており、定期貯金台帳には発行した右証書の番号が記載されるから、監査の際、右用紙と台帳とを突き合わせれば異常に気づく筈であつたが、このようなことはしていなかつた。また、外島に対する不正融資が発覚した後も、本所から外島の資力と人物等について調査すべき旨の指示がなされなかつたし、本所自らもそのような調査をしなかつた。

以上の事実によると、被告が武内の事業の監督について相当の注意をなしていたものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。従つて、武内の選任について相当の注意をなしたかどうかについて判断するまでもなく、被告の前記主張は採用できない。

4  更に、被告は、原告鈴木及び同宮坂は本件各貯金契約をなし裏金利として各八〇万円の利益を得たのであるから、右利益を控除した額が請求しうる損害賠償額である旨主張する。本件各貯金契約により交付された裏金利を原告らが取得したことは推認されるものの、その額が明らかでないことは前記のとおりであるから、被告の右主張は、その前提を欠き、採用することができない。

5  最後に、被告は過失相殺の主張をするので、この点について検討する。

前記一で認定のとおり、原告らは、本件各貯金契約当時導入貯金に関する知識と経験をもち、それが犯罪を構成すると共に詐欺、横領等の犯罪とも結び付き易いということを知りながら、正規の手続によらないで、本件各貯金契約以前本件支所に同様の貯金をなした上支払期日に払戻を受けており、また、本件各貯金契約も正規の手続によらなかつたのであるから、当時における本件支所の状況の下で相当の注意を払えば、本件支所に貯金することの危険性及び預入手続の不自然さに気づき、ひいては武内の意図も知ることができた筈である。ところで、原告ら及び林田(原告宮坂及び同磯前の代理人)が不注意によりこれを知ることができないまま本件各貯金契約をなし、原告らが本件各貯金額相当の損害を被つたのは前記のとおりであるから、右過失が原告らの損害発生の一要因となつたことは否定できない。

そこで、前記武内及び被告の不法行為の態様・程度と原告ら及び林田の過失の程度とを比較考察して過失相殺による損害の分担を定めると、被告二に対し原告らを一とするのが相当である。

従つて、原告らの請求しうる額は、本件各貯金額の三分の二であるから、原告鈴木は一三三万三三三三円(小数点以下四捨五入。以下同じ。)、同安田は二〇〇万円、同宮坂は八六万六六六七円及び同磯前は二四六万六六六七円となる。

6  よつて、原告らの本訴予備的請求は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償金及びこれに対する不法行為の日の翌日から支払済まで民事法定利率の割合による遅延損害金として、原告鈴木が一三三万三三三三円及びこれに対する昭和四二年八月二六日から支払済まで年五分の割合による金員の、原告安田が二〇〇万円及びこれに対する同日から支払済まで年五分の割合による金員の、原告宮坂が八六万六六六七円及びこれに対する同月三一日から支払済まで年五分の割合による金員の、原告磯前が二四六万六六六七円及びこれに対する同日から支払済まで年五分の割合による金員の各支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるからこれを棄却する。

三  以上の次第であるから、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸清七 三宅純一 山口博)

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